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2012/05/01

朝日新聞 池澤夏樹さんのコラム 2012.5.1

池澤夏樹さんのコラム/「終わりと始まり」(朝日新聞 2012.5.1 夕刊)

■原発が停止する日
         住めない国土 作った罪


 17年前、東京から沖縄に引っ越した時、これで原発の電気を使わないで済むと思った。
 沖縄に原発がないのは政策の結果ではなく、電力事業の規模が小さいからコストの面で見合わないというだけのことだ。
 第一、電気の質に原発も火力も違いはない。それでもなんとも気持ちがいいと思った。自分が使う電気が危ない方法で作られるのはまだ我慢できる。それを遥か遠いところに造るというのが卑劣な気がして嫌だったのだ。
 一般ゴミは自治体の中で処理する。分水嶺を越えて水を引くことはしない。電力事業はそういう地方自治の倫理に違反している。水力や地熱ならば場所を選ぶが、火力や原子力はその気になればどこにでも造れる。遠い福島や柏崎・刈羽に造るのはずるい。
 今回、首都圏の人々は福島県民を自分たちの身代わりとして放射能の魔神に差し出したのだ。
 犠牲? いや犠牲には聖性が伴う。東電と財界の論理には利益しかない。
 あと数日、今週の土曜日には北海道の泊原発3号機が定期検査で止まる。稼働している原発が日本中に一基もなくなる。
 大飯原発を再稼働しようという動きは実現が遠くなったようだ。地元である福井県はともかく周辺の府県は反対を表明している。東北と関東の人々が実感しているとおり放射性物質の拡散に県境はない。琵琶湖の水が汚染されたら大阪も京都も困るだろう。
 安全対策33項目を積み残したままの大飯原発再稼働はどう見ても無理がある。「まだ準備ができていませんから、地震さん津波さん、しばらくは来ないでください」と言っているようなものだ。息子が本命のガールフレンドを連れてくるのに家の掃除が間に合わないって? そういう問題ではないだろう。

 官僚の言葉遣いはその奥に自分たちが書いたシナリオが見える。
 「計画的避難区域」という場合の「計画的」とはどういうことか? 事態に押しまくられてしかたなく避難するのではなく、自分たちは状況を掌握した上でことを進めているという弁明。
 「警戒区域」だって実際には「禁止区域」、正確に言えば「高い放射線量ゆえに一般人の立ち入りが禁止される区域」だ。警戒などで済むはずがない。
 この区域の呼び名が今回変わった。
 「避難指示解除準備区域」とはよくも作文したものだ。「もうすぐ帰れますから待っていて下さいね」という猫なで声を官僚文体にするとこういうことになる。それだって年間の放射線量のリミットを20ミリシーベルトという高い値に設定した上での話だ。国民の生命の値段が安かった旧ソ連でさえ5ミリシーベルトを基準としたのに。安全ですと言われて帰る人たちの不安、それでも帰らないと決める人たちの無念の思いはどうするのだろう。
  「帰還困難区域」は実際には「長期帰還不能区域」ではないか。「さしあたり」でごまかす論法は一年前に聞き飽きた。

 福島第一の事故は2万人以上が住む国土を住めない土地にしてしまった。国土は国の基本である。石原都知事は尖閣諸島を買うと勇ましいが、「帰還困難区域」の規模は領土問題の比ではない。尖閣諸島や竹島はおろか北方四島と比べてもその喪失は遥かに大きい。
 そこは絶海の無人島ではなく、たくさんの住民が暮らしていた愛しい地である。千年も前から耕して作物を育て、家畜を飼い、町や村を営んできた。それを我々は失ってしまった。今後何十年か、ひょっとしたら何百年か、住めない地域を作ったということを、国家としての日本はどう受け止めるのか。
 昔の国家主義者ならば、罪万死に値すると言っただろう。
 一年以上を経て改めて現況を見てみれば、福島第一原子力発電所崩壊の影響を最小限に留めようという財界と政府と官僚の意図は民意によって崩されつつあるようだ。
 怖い、というのは理論や思想以前、感情よりもっと深い、ほとんど本能のレベルの反応である。福島原発1号炉、2号炉、3号炉、4号炉のあの無残な姿に国民は心の底からの恐怖心を感じた。見えない毒物が大量に放出された。覆水は盆に返らない。
  「廃棄物」の問題もある。こう呼ぶと捨てっぱなしで済むように思えるが、実際には「長期絶対隔離保管猛毒危険物」である。六ヶ所村が「再処理」でないのならもう受け入れないと言っているのは当然のことだ。そうなると原発は停まる。お宅のトイレが壊れた場合の惨状を想像していただきたい。
 原発を捨てるのは辛い。みすみす失われる電力が惜しい。だけど、ここまで来たらしかたがないだろう。産業界だってこの逆境を機に体質を変えるしかないではないか。

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